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私が俳句と出合ったのは大学時代だったことは、前に書いた。サークルでは、主に句会と俳誌「山鳥」の刊行を中心に活動を行っていた。わいわい、がやがや過ごすうちにも、とうとう4年になり卒業がせまってきていた。就職と俳句をどうしよう。 もともと小学校か中学校か高校の教師になるつもりで埼玉大学を選んでいたから、教員採用試験を受けることはとうに決まっていた。そのための勉強?も少しはしていた。困ったのは俳句だった。卒業したらどうやって続けてよいかわからない。 先輩たちの話を聞いたり、あれこれ雑誌など読むうちに、だんだん俳句の結社に入るのがいいのかな、という気持ちになってきた。でもどの結社が私に向いているのかがわからない。寒雷?馬酔木?雲母?河?(当時、顧問の先生はここの同人だった)沖?ここはサークルの先生に相談してみようということで話してみた。結局、沖がいいんじゃないかということだった。「若い人が多いから」というのが、顧問の先生の理由だった。 楽しく俳句を作れたらいいな。実際、私が入った頃の沖の句会は、とても活気があり気持ちのいいものだった。句会の後も、お酒など飲みながら、俳句について語り合い、飽きることがない。もっと上手になりたい。能村登四郎先生や林翔先生はじめ、沖の人たち皆に認められるようになりたい。 いつからか、沖の句会という句会に出かけるようになっていた。それにつれて、主宰の特選に選ばれる回数も増えていった。若くてがんばっていたから、褒美?だったのかな。 炎天下おのが影より羽音して 佐弓 私なりに試行錯誤を繰り返していた頃、夏の光と影とが作り出す世界を詠んだ句。イメージが先行するこのような作り方でもいいのだろうかと、見せるのをためらったことを覚えている。今から思うと、この句が能村先生の特選に選ばれて、私の句作の方向ができたのだろう。 その後、十年経つか経たないかで、沖を去ることになるなんて思いもしていなかった。 |
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この「羽音」の主は何かの鳥か、あるいは虫か。 |
無名氏 2008/05/12 14:19 |
コメント、ありがとうございます。確かこの時は、沖の大会で事前に投句していたと思います。一覧表を渡されたときに特選がわかりました。その後、能村先生のコメントはあったかなかったか、よく覚えていません。私も聞いてみたかったです。 |
ラララ 2008/05/20 10:25 |
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