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zoom RSS 第9回WHA日本総会が無事に終わって その2

<<   作成日時 : 2014/05/04 09:50   >>

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 4月29日の日本総会では、同時に第3回世界俳句セミナーも行われた。主に世界俳句協会の会員が、この1年間に出版した本を中心に皆で学ぶというもの。日本人の本とは限らないのはもちろんだ。

 今回、私がこのセミナーで担当したのは長嶺千晶さんが出版した『今も沖には未来あり』だった。せっかくなので、ここにそのレジメを貼っておく。


 
 
 第3回世界俳句セミナー (2014年4月29日)
長嶺千晶著『今も沖には未来あり』―中村草田男句集『長子』の世界
                                         鎌倉佐弓
中村草田男に寄せる著者の真摯な態度の際立つ著書である。

第一章 俳人草田男誕生
  草田男の精神構造と身体構造からくる二面性。家族。家。友情。精神的な志向。極度の感じやすさ。「天地幔幕両断さるる、ある異常なる心理体験」(ラザロ体験)。のちに神経衰弱による休学。松山での深い友情。自嘲と自負。「ニヒリズムの体験」から書物を離れる齋藤茂吉『朝の螢』への感動から文学に目覚める。「作者の息吹をそのまま直接にぶつけるような歌」「・・・『抒情』・・・『素朴』『真情』・・・などがはっきり解った」なぜ俳句か。松山に生まれた。実際に歩いての写生が身体によい。神経衰弱の癒しとして。のちに「生きること即俳句」。

第二章 『長子』の世界
春、夏、秋、冬の各部の句を内容にそって、時にはエッセイなどにも触れながら丁寧に読み解く。春の部の連作。無季の句の存在。「ホトトギス」の4句初入選は誤りという指摘。自句自解も。五七五の調べがよく、写生の骨法から逸脱しない、平明な句であることが魅力。人口に膾炙されている句が多い。実際に長嶺氏自身が、草田男が句を詠んだ場所を訪ねることもしている。「冬の水一枝の影も欺かず」戦争を詠んだ俳句など広範にわたって触れている。さらに「ホトトギス」に初出を尋ね一覧表を作るという労も惜しんでいない。

見えてきたこと
  『長子』の句は、ほとんどが高浜虚子に選ばれた句である。したがって、虚子の俳句観、美意識が色濃く出ている。「校塔に鳩多き日や卒業す」「玫瑰や今も沖には未来あり」「秋の航一大紺円盤の中」いずれの句も、写生の奥に作者ののびやかな情感がただよう。これらの句はそんな心が選んだ実景、風景であり、言葉である。虚子の選句眼の確かさが伝わる。一方で狭さも。

  新興俳句運動について、草田男は「伝統とはいえ微温的な季題趣味に情感を固定せしめ、現実の生活から遊離した独善に陥っていた従来の俳句を、あらゆる方面に於いて開放しようとした」(『歩みよる二つの方向』草田男と新興俳句運動)が、『伝統そのもの』の正しき吟味を怠ってしまった。「あらゆる革新は伝統の革新であり、伝統の革新は伝統の体得なしには存在し得ない。(同)また、「一個の俳句は、飽くまでも『芸』としての要素と『文学』としての要素から成立して折り、又、成立させなければならない筈のもの」(「創刊に際して」)とも。

 「自然の生命と彼我融合した、統一された一種の無意識状態の瞬間に作者が平生、涵養し蓄積していた内的生命、内的要素は、おのずからして作品内容として発露される」(『平生』)このことをつきつめていくと、どうしても無季の句が生まれてくるのが自然に思えるのだが。無季の句。戦争の句。社会性の句。連作。後年、デューラーの銅版画「騎士と死と悪魔」の俳句化(芳賀徹『絵画の領分』)。草田男は、新興俳句という言葉こそ使わなかったが、俳句革新を考えていたのは明らかである。

なぜ季語かという問いに、「俳句文芸がいかなる時代に移っていこうとも、日本民族独自の伝統的な生きた詩となり得、詩として発展し得るための、その唯一の母胎である季題を永久に護り続けてゆくものであ」(俳誌『萬緑』二百号に際して)るという。自分の俳句や言葉に、あくまでも責任を持ち、真摯であろうとする草田男を私も尊敬する。一方で、もし現在も生きて、俳句が世界各国の人々の生きた詩として広がっている現状を見たときどんな感想を持つか。草田男の言葉を聞いてみたいような気もする。

 


 中村草田男について考える中で、私なりに見えてくるものがあったのは収穫だった。

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内 容 ニックネーム/日時
総会幹事役、お疲れさまでした。記念撮影のお姿を拝見しましたが・・・ふむむ。少々痩せて思われたのは風邪のせいでしたか。季節の変わり目につき、ご自愛なさいますよう。

で本編とはまたまた別で申しわけありません!
本日5日付"Ban`ya"にて、そねだゆさんの私論が掲載されていますが、女性ならではのアイディアだな〜と諸諸感心し、同時にイロイロ考えさせられました。

とりわけケリー・キーズ氏の作句「君を放さない/誠実な鉤/君を撫でる誠実な指」→「誠実は食い込む爪撫でるは不実」とはみごとで、たぶん原句の官能性について一読で十全にイメージさせるのに成功していると思われ。

・・・いっぽう、彼女の大胆な実験はあくまで「はじめに既訳ありき」のうえでの成果かもしれず、たとえば「クロウタドリ→むくどり」や「またものや夕陽変える→一日も同じ色なし夕陽」をみるとみずから原句へのアプローチがあるのかと察するものの、う〜ん、ワタクシ的にはコノ試みは「超訳」ですね。ひところ流行したシドニーシェルダン等の廉価/ダイジェスト版みたいな(^@^;)
やはり翻訳は「何を切り捨て、何をすくい取ったか」であり、俳句のよに短ければ尚更まこと翻訳者のセンスが成否を決するのはいわずもがな。である以上、いくら詩的にステキな「まっすぐに伝わる俳句」といえどソレは美顔整形/お化粧をほどこした女幽霊にすぎぬのではおまへんやろかと思到候。
ダイハード
2014/05/05 14:04

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