今日の一句 炎天の岩にまたがり待ちに待つ

 今日はこの句。

 炎天の岩にまたがり待ちに待つ  西東三鬼 『変身』より

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 こちらの写真はドイツのライン川流域にあるローレライの岩。この岩には「岩山にたたずむ少女の美しさに、下を行く舟の船頭が魅了され、舟ごと川の渦に吞み込まれてしまう」という伝説がある。それほど、この岩のあたりは流れが急で、うまく航行できなかったらしい。

 三鬼のこの句は「岩にまたがり」とあるから、このローレライの岩ほど大きくない。両足でまたいで足先は地面につくと思えばいいだろう。そうして、炎天下、激しい日差しに、おそらくは汗まみれになりつつ、遠くの何かを待ち続けるのだ。

 いったい、何を待ち続けるというのだろう。人か、鳥か、あるいは雨や風のような天変地異か。「待ちに待つ」から受ける懇願には、必死さすら感じ取れる。さらに言えば、微かなあきらめのような思いも。

 我々が生きていく意味の一つに、待つことがあるのは紛れもない事実だ。父や母の帰りを待つ。食事の用意が整うのを待つ。テストの結果を待つ。入社の知らせを待つ。病院で診察の順番が来るのを待つ。駅で並んで電車が来るのを待つ。そういう「待つ」ことを繰り返しながら、私たちは我慢や辛抱なども学んできたのかもしれない。

 だが、こうした「待つ」は、ほとんどの場合、結果が予想でき、その通りに進んでいくことが多い。たとえ、食事が用意されなくても、がっかりはしても、それならばどうすればいいか、次を考えて実行し、最終的には叶えられるのがほとんどだ。

 ところが、この句の「岩」では、岩にまたがって待つことの目的も、結果も提示されていない。わからないのだ。もしかしたら、意味のない行為でしかないのかもしれない。それでも、我々はひたすら待つ。待っているのだ。

 

 

 

 

第2回星の俳句コンテスト開催決定

 一昨年、七夕文化を広げる一つの催しとして、大阪府交野市の星田妙見宮で開催された「第1回星の俳句コンテスト」が行われた。昨年は残念ながらコロナ禍もあり、見送られてしまったが、今年の七夕には、「第2回星の俳句コンテスト」を開催するという。

 こちらがその趣意書。

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 ・俳句の募集期間=2021年4月1日~5月31日

 ・募集部門=小学生(含幼児)の部、中高生の部、一般の部 の3部門

 ・審査員=夏石番矢

 ・俳題=「星」「星にまつわるもの」
 
 ・表彰式=2021年7月23日 オンラインによる

 主催は「天の川・交野ケ原日本遺産プロジェクト実行委員会」で、「世界俳句協会」と「吟遊社」も後援している。

 詳しい募集要項や応募用紙などはこれから。ホームページもできる。

 ぜひ、大勢の方の応募を期待している。
 

 

「吟遊」第90号の作品

 「吟遊」第90号のための作品15句がようやくできた。今回は「コロナウイルス」がテーマ。最初は、30句くらい作って90号と91号に分けて発表しようかとバンバン?作っていたんだけど、いざ、並べる段階で、どんどんダメだしせざるをえなくなって、結局15句になってしまった。

 うまくいかないもんだね。

 去年はコロナの真っただ中だったから、いや今もさほど状況は変わっていないけど、それでも少しはコロナを客観的に見えるようになってきたのかな。

 その後、英訳も終わって、その磨き上げを依頼したところ。

 ジェームスさんのいる香港が、今、どうなっているかわからないけど……

 もう一つ載せる予定のエッセイ「天地の表情」は、もう書き終わっている。もう少し時間を置いて読み直すつもり。今回のテーマは「野」。意外と?楽しく書けたよ。

今日の一句 切株の耐えられぬとき粉雪よぶ

 久しぶりのブログに、とても久しぶりの桂信子の句。

 切株の耐えられぬとき粉雪よぶ 桂 信子 『桂 信子全句集』より

 
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 この句でまずハッとさせられるのは、「耐えられぬとき」だ。野や林や森や道端などでよく見かける切株。確かに元の大木だったときを思えば、切り倒されて切株になってしまった姿は、確かに無残に見える。それを擬人化し、「耐えられぬ」と詠んだ。

 切株は何に耐えられないのだろう。一見してわかるのは、その切られて短くなった姿そのものだ。どうあがいても、もう元の、梢が天にも触れようかという高さに戻れない。いったん切られてしまった幹は取り戻せない。最初は、短くなったせいで見晴らしがよくなったとか、虫やリスなどの小動物が訪ねてくるのがうれしいかもしれない。人が腰を下ろして休んでくれることもあるだろう。だが、そんなことも一時的なもの。どれも去ってしまったら、どうあがいても切株でしかない自分が残るだけ。あの高く太い幹を取り戻せない、あの風に樹の葉をざわめかせていた日々は帰ってこない。そう気がついたときの切株の思いはいかばかりだろう。

 天を見上げながら、星や月や太陽と会話する切株の日々を続けるしかない。切株はもうそのことに気が付いているのだろう。どうあがいても、切株である自分を認めるしかないとわかっているのだ。だからこそ、「粉雪よぶ」のだ。たとえどんなに冷たくてもよいから、切株という自分を包みこみ、なぐさめ、あわよくば存在を隠す、いえ、存在を消してほしいと願い、粉雪を呼ばずにはいられないのだ。

今日の一句 樅の林の/日の縞の/疑り深き/切株ひとつ

 今日は重信の4行俳句。

 樅の林の
 日の縞の
 疑り深き
 切株ひとつ         高柳重信『蒙塵』より


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 うっそうと葉の茂る樅の木の林に日が射している。その光は、暗く茂った木の葉や枝や幹の間にすばやく隙間を見いだすや、くっきりと斜めの線を引いて行く。そして、地上に届くと、そのまま土や苔まで光で覆っていく。そんな樅の林に、誰がいつ切り出したのか、ひとつの切株がぽつんとあった。他の木と同様に光線を浴びながら。

 重信は、この切株を「疑り深き」と擬人化する。何を疑うのか、なぜ疑うのか。ここからは読み手の想像に任される。私が想像したのは、周りの樅の木へのこの切株の思いである。なぜ自分は切られたのか、切られてどこへ運ばれたのか。クリスマスを祝うために切り出されたのか。どこへ行き、今はどうしているのか。その家を今も飾っているのか。「疑り深」いだけに、この切株の疑念はいつまでも晴れないのだ。

 澤好摩著『高柳重信の一〇〇句を読む』によると、重信は「切株」に関して、冨澤赤黄男の「切株はじいんじいんと ひびくなり」を挙げ、もっとも始原的な『俳句』としていたという。

 この樅の切株の疑り深さは、もしかしたら、「じいんじいんと ひびく」ことへの一つの答えなのかもしれない。ひいては、自分自身の心の吐露であったのかもしれない。


 

今日の一句 春ひとり槍投げて槍に歩み寄る

 今日は、私のが俳句を学んだ師、能村登四郎の作品から。

 春ひとり槍投げて槍に歩み寄る  能村登四郎 能村研三著『能村登四郎の百句』より


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 槍投げの練習は広い場所でないと、あやまって他の人に怪我をさせることがある。であるから、この槍投げはグラウンドのような広い場所で行われていたのだろう。ただ一人、黙々と槍投げを繰り返す青年。能村研三の解説によると、「家の近くにはぷプラ並木が綺麗な歯科大学グラウンドがあったので多分そこで見た」光景を詠んだのだろう。

 シュッ。全身の力をこめて投げられた槍は、鋭い音と空気を切り、ぐんぐん遠くへ飛び、その後、大地に突き刺さる。その位置を見定めると、投げた彼は、ゆっくり大地を歩み始める。投げた時を動の動きとすれば、今、投げられた槍に向かう姿はほぼ静、緩慢とさえ言えそうだ。

 「春ひとり」。春は、この青年をつつみつつ、地上のあらゆるものとともにゆっくり移りゆく。一人の若者の動きに、大きな時の巡りをも暗示させる句だ。

 この本が、他の俳句の解説書と異なり、どの一句を読んでも、実際の風景や出来事と結びついた信憑性高いものになったのは、著者が細やかな愛情で結ばれた能村登四郎の実の息子という点にあるのだろう。それもただの息子ではない。父の跡をついで「沖」という俳句結社の主宰となり、多くの弟子をまとめ、俳句の世界に凛と立とうとしている息子なのだ。この本での選句とその読みが確かなのもうなずける。

 

 

今日の一句 吾が憂鬱の窓から花びらにはいられる

 今日はこの句。

 吾が憂鬱の窓から花びらにはいられる 荻原井泉水『劫火の後』より

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 荻原井泉水は河東碧梧桐とともに俳句誌「層雲」を起こし、新傾向の自由律俳句をリードした。弟子には、種田山頭火や尾崎放哉らがいる。

 この句の斬新なのは「吾が憂鬱の窓」というフレーズ。憂鬱は、辞書によると、気分がすぐれずふさぎがちなこと。昭和の初め頃、「メランコリー」と同様に西洋からもたらされるやいなや、映画や小説などに登場し、その斬新さ、ハイカラさで人々の心を引き付けた。

 俳句の世界でも、新傾向を標榜していた「層雲」に、この言葉を使った句が発表された。これまでと違う自由な言葉やリズムで、新しいものにも挑戦する悩み多き若者たちに、「憂鬱」はまさにうってつけの言葉だった。

 窓辺にいたら、風に乗って花びらが入ってきた。春にはめずらしくない情景だが、「憂鬱の窓」という斬新な表現が、この句を生き生きと血の通ったものにし、なおかつ、読む者の心も引き付けている。

 ところで、この憂鬱という言葉、病的な場合もそうでない場合も、今ではごく当たり前に使われるが、昭和の初めに入ってきたというならば、それ以前は似たような心の状態は、どう呼ばれていたのだろう。

 調べたところ、明治、江戸時代にはよく「気鬱」あるいは「気鬱の病」などと言われていたようだ。気鬱は漢方からきた言葉で、たとえば気鬱の病と思われていたのが結核だったり、家どうしの結婚が当たり前の当時、失恋も相当なもので立ち直れない、というようなこともあったという。

世界俳句協会の名簿ができてきた

 今、少しずつ世界俳句協会の名簿2020年版を作成している。3月は年度末だし、『世界俳句2021 第17号』もできあがる。その時に発送できなければ大変だ。ということで進めているが、今年は世界的なコロナの流行もあって名簿の変動が激しい。いつもなら、申し込み用紙が届いて、会費が届き、少し遅れて作品の順になるのだが、2020年度は、まったく変則的になってしまった。国によって郵便事情が異なることをあらためて思っている。順調にできたのは日本国内に住む会員さんたちの分だけだった。それでも、4,5日もかければできそうだから嬉しい。

 いずれ、この仕事もどなたかにバトンタッチできればと思っている……

今日の一句 栗甘くわれら土蜘蛛族の裔

 久しぶりに今日の一句。

 栗甘くわれら土蜘蛛族の裔 津田清子 句集『七重』より


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 土蜘蛛は古代、大和朝廷に従わなかった人たちを指す。蜘蛛のように脛が長かったとも、「狼の性,梟の情」を持ち狂暴だったと言われている。主に、ヤマトの国の山野で穴を掘り、石室を築いたりして暮らしていたという。大和の民から見れば異形。土蜘蛛と蔑称で呼びたくもなったのだろう。

 写真の土蜘蛛は、地蜘蛛ともいうが、今も地面に生きる蜘蛛だ。彼らとこの蜘蛛とは全く関係がない。そういえば東北以北には蝦夷と呼ばれる民がいた。いろいろ蔑む呼び名はあるものだ。それだけ彼らは大和朝廷から見て神出鬼没?の恐ろしい存在だったのだ。勇敢で、結束力が強く、かなりしぶとい。私が抱く土蜘蛛族のイメージはそんな感じだ。

 さて、この句だが、甘くておいしい栗を数名でほおばっているのだろう。彼ら、彼女らの間で、土蜘蛛族が話題になったのかどうかまではわからないが、とにかくこの一句の中での意外な飛躍はほっておけない。

「吟遊」第89号をアマゾンへ送った

 先日からアマゾンに掲載されていた「吟遊」第89号だが、今日、ようやく本体を送ることができた。

 https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%90%9F%E9%81%8A%E3%80%8D%E7%AC%AC89%E5%8F%B7-%E5%A4%8F%E7%9F%B3-%E7%95%AA%E7%9F%A2/dp/4991147824/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E5%90%9F%E9%81%8A89%E5%8F%B7&qid=1612324570&sr=8-1

 なぜ時間がかかったかというと、先月から、アマゾンへの商品の納入の仕方が変わったから。まずホームページからして変わった。よく見れば使いやすくなっているし、基本的には操作方法など変わらないのだけれど、何といっても私はパソコン音痴だからね。そんなこんなで、あたふたしてしまった。

 いろいろあったけど、ようやく「吟遊」を納品できてよかった。

 

今日の一句 雪山に頬ずりもして老いんかな

 「埼玉新聞」の「2月14日付け埼玉俳壇」の原稿を新聞社に送った。今日が2月1日だから、ほぼ2週間前に送ったことになる。葉書を出す人は、もしこのブログを見ていたなら、こんなことも参考にしてほしい。

 そこで、今日の一句。

 雪山に頬ずりもして老いんかな  橋 閒石 『微光』より

 
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 赤ん坊や小さな子の愛しさ、可愛らしさ。思わず抱きあげてそのぷっくりふくらんだ頬っぺたに、自分の頬を押し当てたくなるのは母親だけではないだろう。この作者も頬ずりしたくなったのだ。ただし、赤ん坊ではない、雪山に。

 雪山は、雪でおおわれた山のこと。季節も冬とは限らず、一年中、雪が解けることを知らない、たとえばヒマラヤのような山もある。そんな山に頬ずりもして老いる、という。触れればさぞ冷たいことだろう。震え上がることだろう。こちらが凍ってしまうかもしれない。

 それでも雪山は頬ずりしたくなるほど愛おしいのだ。さらに「雪山も」の「も」に注目すると、この頬ずりは日常の一つの動作であることを示しているのに気がつく。

朝起きて、着替えて、食事を作って、食べて、散歩して。そんな日々のあれこれが愛おしいのと同時に、雪山への頬ずりも愛おしい。そうやって「老いん」、つまり老いていこう、とする。その決意のなんと誌的なことだろう。

 優美な雪山が、いっそう詩的な情緒に磨きをかけている。

 
 

「吟遊」の発送

 黄色の表紙の「吟遊」第89号ができたことは書いた。その次の27日、発送をした。

 発送は何をするかというと、具体的には、宛先(事前にシールを作って各封筒に貼っておく)が日本国内向けの場合は、クロネコダイレクト便を使うので、クロネコヤマトさんにまとめて取りに来てもらう。

 海外向けの郵便物は、郵便局まで持っていき、そこで宛先に合わせて郵便料金を払うことになる。料金は、飛行機を使うエアメールが最も高い。次はSAL便。SAL便は、貨物飛行機?で運んでもらうことが多い。

 けれど、昨年から続くコロナ禍で、多くの国が航空便など控えているため、今回も船便を使って送ることになった。船便の場合、航空便よりずっと安価なのだが、届くまで10日から30日程度かかってしまう。

 そこまでが、ほぼ1日の仕事だ。この日は時間があったので銀行に足を延ばして印刷費を梅田印刷に払ってきた。

 次の28日は、「吟遊」誌を池袋のジュンク堂書店とお茶の水の東京堂書店に差し替えに行った。要は前に預けていた「吟遊」第88号と今回の89号を交換した。すべて売れていたら、新しい号を預けるだけ。こういう時が少しでも増えてくれるとうれしい。

 こちらが東京堂書店に行くときにいつも渡るお茶の水橋。私はこの橋からの風景が好きだ。

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 あいにく橋を渡るころには雨が雪に変わってきたけど。

「吟遊」第89号ができた

 「吟遊」第89号が届いた。

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 とてもきれいな黄色の表紙。題字は薄い紫色だが、光の角度によっては銀色に輝いて見える。これは予想していなかった。梅田印刷さんどうもありがとう。

 せっかく届いたのだが、発送するには遅い時間だったので、作業は明日になる。封筒はもうできているから、詰めるだけだ。2~3時間もあればできるだろう。

 アマゾンには、新しい「吟遊」の情報を送ったし、あとは町の書店に差し替えに行けばいい。

 少しずつでも進んでいくのは嬉しいね。小さいけど大きな一歩でありますように。

誕生日 

 昨日1月24日は私の誕生日だった。嬉しかったことにプレゼントをいただいてしまった。それも複数だ。

 一つめは娘夫婦からの薔薇カゴ。

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 こちらは黄色やクリーム色などのバリエーションがきれい。部屋中をとても良い香りで満たしてくれているそう。(私の嗅覚はにぶいので夫の話ではそうらしい)

 二つめは夫からの紅バラとシチズンの腕時計。今まで使っていた腕時計が壊れたので、その代わりらしい。シチズンはいいね。

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 三つめは友人の香代子さんから福砂屋のカステラ詰め合わせ。

 香代子さんは大学時代の友人で、卒業してからはお互いの誕生日に贈り物を渡し合っている。もうかれこれ40年以上続いている。すごい?かな。ちなみに去年、私が彼女に贈ったのはエコバッグだった。二人ともどことなく生活感あふれているね。

 この場を借りてありがとうございました。また元気に年を重ねます。

 

今日の一句 野となりて秋も眞葛も流れけり

 今日は少し物寂しい句。

 野となりて秋も眞葛も流れけり 斎藤 玄 『齋藤玄全句集』

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 秋の野だ。夏の緑の盛んな時期を過ぎて、重なるように生えていた草の緑色は、ややくたびれ加減といった野だ。だが枯れるにはまだ早く、ススキは緑色の細長い葉をすっと伸ばしているし、近くには萩の小さな花が咲き始めているかもしれない。

 そんな野に蔓を伸ばしていたのが眞葛だった。だが、せっかく伸びた眞葛だが、近くに巻き付くことのできる木の幹などなかったのだろう。地面を這うことも叶わずに、その長い蔓をただひたすら風吹くままに任せて揺らすしかなかった。もう少し強風になれば、茎ごとさらわれてしまうかもしれない。なんとも不確かな眞葛である。

 さらに真葛を離れて、野全体に視野を広げると、風に吹かれているものの多いことよ。秋とは流れゆくものだった。今、ここに立つ自分も、間違いなくそんな流れるものの一つである。

 真葛の別の名はサネカヅラという。『小倉百人一首」に「名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな」の和歌があるが、その意味するところは、サネカヅラの蔓を手繰って恋しい人が来てくれないものか、というもの。

 ここ齋藤玄が見つめる秋の野の眞葛の蔓は、ただひたすら流れるばかりだった。

 

今日の一句 天渺々笑ひたくなりし花野かな

 今日はこちらの句を挙げる。

 天渺々笑ひたくなりし花野かな 渡辺水巴『白日』より

 
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 花野は、草花が咲き乱れる野のこと。春や夏にも花が咲くが、花野という時はもっぱら秋の野をいう。一面に、ナデシコ、女郎花、萩の花、芒などが咲く野原である。暑かった夏の日々も過ぎ、人々は野を散策したりしてその風情を楽しむのだ。

 見渡す限り緑色と花々の黄色や白、赤色などに満ち溢れた野原だ。吹く風の心地よさに、思わず見上げた空のなんと広大だったことか。あまりにも広すぎて、つい笑ひたくなってしまったという。

 なぜ笑いたくなったのだろう。この笑いは何を表しているのだろう。

 笑いには、もっぱら楽しさ、嬉しさ、喜び、おかしさという感情がつきもの。その対象となるものも、例えば子供の無邪気さだったり、飼っている犬や猫のひょうきんな様だったり、家族や友人のひょうきんな仕種など、はっきりしていることが多い。だが、この句の場合の笑う対象は、しいて挙げれば「天渺々」の大空だ。

 では、水巴は大空を笑ったのか。いや、そうではないだろう。あまりにも花野をつつむ空が広すぎて、遠すぎて、空に対して何もできないことがあまりにもはっきりしすぎて、どうすることもできなくて、ただ笑うしかなかったのだ。この笑いの向かった先は、空ではない。空を見ているが、つまるところ自分に返ってくるしかない笑いなのだ。自嘲といえば近いだろう。

 渡辺水巴は、高浜虚子の「ホトトギス」に所属していた。「ホトトギス」といえば花鳥諷詠、客観写生とよくいわれるが、水巴のように自身の主観を前面に出して俳句を詠んだ作者もいたのである。 

 

デスクマット

 デスクマットを買った。私のこの机は、結婚する前から使用しているので、もうかれこれ40年近く経つだろう。あちこちワックス?が剥げて、あまり美しいとは言えなくなったが、それでも手放す気にはなれない。それで使っているのだが、パソコンで作業するときにマウスがうまく滑ってくれないとは感じていた。
 そこで、とうとうデスクマットを買うことにした。そこで、あれこれ見てみたのだが、今どきのデスクマットはごく小さなものから、机いっぱいに広げられるほど大きなものまで、しかも色も選べるようになっている。値段も思っていたほど高くない。それで購入して、今、使っている。
 使ってみて気がついたのは、マウスの滑りが格段によくなったこと。こんなに違うのならば、もっと早くに購入すればよかったよ。

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 この色を選んだのは、机の前のカーテンの色に合わせたから。カーテンも年代物?だけれどね。
 
 

今日の一句 神發ちてただに楮のふかれをり

 「吟遊」第89号が校了になった。初校、再校、三校と見ていったが、ようやく校了まで辿りついてほっとしている。あとは今月末近くに出来上がって吟遊社に届くのを待つだけ。それでも、どきどきしている。さて、今日の一句。

 神發ちてただに楮の吹かれをり 田中裕明『花間一壺』より


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 ここでの神は日本古来の八百万の神のこと。その神々が、一年に一度、出雲に集まり翌年について議論するのが十月だという。中には、伊勢神宮の内宮にいる天照大神のよう、に出雲に赴かないとされている神もいるようだが、大方の神は出かけるので、その地はしばらく神不在となる。頼りないといえば頼りない状態である。この句では、そんな神不在の心許ないような、所在ないような、あてどなさを、「楮の吹かれをり」に託した。

 楮(こうぞ)は、2~5メートルほどの落葉低木で、かなり古くから日本の山間地に自生していた。その枝を切り、蒸して柔らかくしてから、樹皮を剥いで和紙にする。この楮で作られた和紙は、よく神道の神事に用いられるようだ。

 神が不在になる十月ころの楮は、伐採前のやや丸みを帯びた薄い葉を風に揺らしている。その、いかにも頼りなさそうな吹かれっぷりが巧みに捉えられた。

 神無月といい、風に吹かれる楮の葉といい、素晴らしく選び抜かれ、工夫の行き届いた作品である。
 

今日の一句 ぴつたりしめた穴だらけの障子である

 今日は成人の日だ。常ならば、日本中のあちらこちらで20歳の若者が集い、賑やかな歓談風景が繰り出されるのだろう。だが、今年は成人式を行えなかった、行わなかった市や町が多かったという。これも新型(もう旧型になりかけているが)コロナによる人間同士のつながりの破壊だろう。我々は、まだこれにあらがう手段を持っていない。

 さて今日の一句はこちら。

 ぴつたりしめた穴だらけの障子である  尾崎放哉『尾崎放哉全句集』より

 
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 障子は、木枠に主に白い和紙を貼り、部屋を形作る道具。風や物音、灯や光をさえぎる一方でやわらかく通しもする。

 私が、障子がかもしだす風情のすばらしさに気づいたのは、高校の修学旅行で訪ねた京都の大原。その三千院の丸窓の障子が作り出す風景だった。障子に向いて座っているだけで何とも言えない落ち着きに包まれる。この部屋で、私はここに誰でもない自分がいることに、直感的に気がついたように思う。ぴんとはりつめた真っ新な障子だった。

 さて、この放哉の句の障子だが、こちらは和紙がぴんと張り詰められるどころか穴だらけ。閉めたところで、まず風が穴を通り抜けるから寒さよけにはならない。夏ならば涼しいかもしれないが、穴だらけの障子の部屋で日々を過ごすのは、みじめだったことだろう。障子がそのありさまならば、畳はぼろぼろで、ノミや虱は湧いていなかったか。出入り口の戸は外れやすくなっていなかったか。建付けはどうか。部屋には物をしまっておく棚はあったか。障子の穴から想像する放哉の暮らしは、決して優雅とか楽など言えない。

 放哉は、その障子を「ぴつたりしめた」という。カタン。木枠と木枠がぶつかる音が聞こえそうなほど閉めたのだ。ここで、物音も風も遮られ、自分の空間が出来上がるところだ。が、この「穴だらけの障子」では、そうはならなかった。

 閉めたことが空しくなるほど、かえってたくさんの穴を見せつけるのだった。これが私の居場所だ。自嘲でもあきらめでもない思いが、じわりと寄せている。

今日の一句 向日葵やうわあんうわあんと野は叫び

 昨日、「吟遊」第89号の再校が届いた。それを横目に、次の「吟遊」に乗せる私の連載「天地の表情」のことを考えている。89号には、久しぶりに載せられたのだから、次の90号にもぜひ載せたい。その時は、ぜひこのブログの記事も参考にしよう。ということで、今日の一句だ。

 向日葵やうわあんうわあんと野は叫び 津沢マサ子『津沢マサ子俳句集成』より

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 向日葵が咲く野だ。どういう野だろう。向日葵が何百本も咲いているのだろうか。いや、この句の場合は、一面に草が生い茂る野原を思った方がいいだろう。そこににょきっと立ち上がる向日葵の黄色い花。あたかも野の草花を見下ろすかのように立っていた。

 次に、「うわあんうわあんと野は叫び」は、どう読むか。「うわあんうわあん」は、たとえば子供が泣きじゃくるときによく使われる擬音である。では、野原いっぱいの草たちの揺れ動くさまを「うわあんうわあん」としたのか。草たち声は、すぐ上に広がる空へと響きわたり、やがて吸われていったことだろう。

 では、野はなぜ叫んでいたのだろう。向日葵に告げたいことがあった。高く咲きほこる向日葵がうらやましかった。向日葵になりたかった。

 いずれにせよ、この句から伝わるのは、自分自身がどうにもならない、どうにもできない「野」の切なさだろう。広がる緑の中にそびえ立つ黄色。色のあざやかな対比も、いっそう切なさを募らせるようだ。