37年目の結婚記念日

37年前の3月31日は確か土曜日だったと思うが、その日、夏石番矢さんと私は姫路で結婚式を挙げた。式に関して、とりわけ私が覚えているのは、式の朝、午前10時ごろ花屋さんに入ると、かすみ草をたくさん購入した。

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 腕に抱えるほどたくさんのかすみ草をつなげて頭の上にピンで止めた。余ったのは、他の花と一緒にブーケにして手に持った。

 結婚式の朝の心配事が、花屋さんでかすみ草を買えるかしら、だったのだから、今、思い出すとなんとやらだね。

 あの結婚式の日からもう37年経ったんだね。今はコロナ禍で、結婚式を挙げない、いえ挙げたくても挙げられないカップルも多いという。わが家の娘もそんな一人。届は済ませていても、やはり式は挙げたいだろうと思う。

 結婚式場も苦労しているようだ。今まで当たり前だと思っていたことが、どんどん当たり前ではなくなっていく。もう以前のようには戻れないかもと思いつつ、やはり、コロナが終息したら、とあれこれ思い描かずにいられない。それまでに、できることをしなければ。

 あ、そんなことより今はまだ、新型コロナに罹らない、人にも罹らせないことに努めなければ。

今日の一句 コロナ禍の淀む空気に我は咳く

 今日は吟遊同人の加用さんから送られてきた絵手紙から一句を。

 コロナ禍の淀む空気に我は咳く  加用章勝

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 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大につれて、「コロナ禍」という言葉をよく目にするようになった。新型コロナウイルスの底知れない感染の広がりは、さまざまな災難や不幸を世界中で引き起こしている。

 新型コロナの何が怖いかというと、とてつもなく感染しやすいウイルスであること、感染していても気づかず、他の人にうつしてしまうことがあること、人によっては重症化しやすく、命さえ失ってしまうこと。はっきりとした治療法が確立している訳ではなく、ワクチンの効果も今ひとつはっきりしないため、医療機関に多大な負担をしいてしまうこと。

 こうした恐れから、人込みを避ける、人込みを作らない、会食を避ける、人と接触しやすい移動をさけるなど、私たちの暮らし方を見直さざるを得なくしたこと。それは個人にとどまらず、世界的な問題にまで広がってしまっている。

 この句の「淀む空気」は、そうした人々の思いが重なったものと捉えられるだろうか。彼が「我は咳く」としたのは、こうした淀みへのささやかな抵抗、いや、淀みの中で生きるべく自分を鼓舞し、自分を立て直す動作なのかもしれない。

 

  

今日の一句 コスモスの花ゆれて来て唇に 星野立子

 今日は久しぶりに俳句。

 コスモスの花ゆれて来て唇に 星野立子 『続 立子句集 第一』より 

 
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 コスモスの可憐な花がゆれて唇に触れた、あるいは触れそうになった。この時、コスモスの花はどこにあったのだろう。庭に咲いていた。もっと広い草原に咲いていた。いや、そうではなくて立子の家の花瓶の中にあった。もしかしたら、花瓶でもなく、立子自身が手で握っていたのかもしれない。

 いずれにせよ、ここにあるのは、立子のコスモスを見つめる眼差しだ。それもコスモスを大事に思い、包み込むようなまなざし。

 かわいい。きれい。すてき。コスモスから離れがたく思っていた立子。その時、コスモスがゆれたのだ。それもただ揺れたのではなく、揺れて来たのだ。見つめる立子の見つめる立子の唇に。立子の思いが伝わったとでも言いたいようなコスモスの動きだった。立子の思いに応えて、何か告げているような揺れだった。

 この時の立子とコスモスの間には、何かがあったのだろう。たとえばこれがもし人間どうしだったなら、恋の芽生えを思う。いや、まさか、相手はコスモスでしょ?

 だが、立子の使った「唇に」という言葉は、コスモスの揺ればかりか、こちらの心の揺らぎまで誘ってしまったのだった。

部屋の飾りつけ

 私の机の横の壁のデザインを少し変えた。こちらが新しい壁。

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 ベランダへの出入り口に白いカーテンをつけて、壁にゴッホの「花咲くアーモンドの枝」の絵を飾った。

 これまで、何もしなくても、机に座れば目の前に好きなカーテンがあるし、それで十分だと思っていた。ところが、ズームでの話し合いをするため、私のパソコン画面があまりにもさびしいことに気が付いてしまった。

 そこで、どうしようかと考えた結果、殺風景だったベランダの出入り口にはカーテンをつけ、私のすぐとなりの壁にはゴッホの絵を飾ってみた。もちろん絵は複製。本物はアムステルダムのゴッホ美術館にある。

 この絵は、1890年2月にサン・レミ=プロヴァンスに入院していたゴッホが、弟のテオに子供が生まれたのを祝って描かれた。以前、私がこの絵の本物を東京の美術館で見たときは、もう少し青色が柔らかかったように思うが、まあ複製だからね。仕方がない。

 さて、ズームにはどのように映ってくれるだろうか。

 

第2回星の俳句コンテスト

 星田妙見宮で開催された「星の俳句コンテスト」が、2年ぶりに開催されることになった。こちらがその案内。

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 くわしい応募要項はこちら。

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 今回は、このチラシにある葉書に1句を書き、63円切手を貼って投句することになったようだ。もちろん、このチラシ以外の用紙を作成して投句してもよいらしい。 

 星の句の応募は、2021年4月1日から5月31日。審査員は前回と同じく夏石番矢。

 「吟遊」第90号の編集がひととおり終わったので、この星の俳句コンテストのチラシを送る用意をしている。近所のお店や「吟遊」を置いてもらっているジュンク堂書店や東京堂書店にも、置いてもらえるようにお願いするつもり。

 
 星を眺めるのが好きな人は多いと思う。どしどし応募してほしい。どんな句が選ばれるか楽しみだ。 

 

今日の一句 からからと骨鳴り花の蔭に生く

 今日は「吟遊」第90号の原稿の締め切り日。原稿は、だいぶ揃ってきているが、まだ数名が未着。そんなこんなで待ちながら、「今日の一句」を書き進めたい。この「今日の一句」も私にとってはいつか「吟遊」に掲載したい原稿の一つだから。もちろん掲載するときは書き直し、というか付けたししたりするけれどね。

 そこで今日の一句。

 からからと骨鳴り花の蔭に生く 高屋窓秋 句集『河』より

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 この句に、まず私が思ったのは、昔、中学校だったか、高校だったかの理科室に飾ってあった「人体骨格模型」だ。黒っぽい箱に直立の状態でしまわれていたので、見る機会は少なかったが、初めて見たときは驚てしまった。その全身もさることながら、少し触れただけで、腕の骨がぶらり動いてカチャカチャ鳴った、その音に背筋がギクッと、いやゾワッとしたのを思い出す。あの頃は、若かったせいもあるが、この骨格模型が自分にも通じるなんて、ぴんときていなかったが。この句の「からから」という擬音語に、あの理科室の骨格標本を思えばいいだろうか。

 あるいは、この「からから」は、何かの入れ物(たとえば骨壺のような)に入っている骨の音だろうか。その入れ物が置かれたのが花の蔭だった。いや、それでは句の最後、「生く」と異なってしまう。この骨は死者のそれではなく、生きているものの骨のはずだ。

 そこで句集に戻ると、この句の副題に「老衰」とあるのに気がつく。この句は、年老いた状態を詠んだものだった。そう思って句を読むと、浮かんだのは平安時代の歌人として名高い小野小町だった。名高い割には生没年不詳で、生誕地もその晩年もほぼ伝わっていない。この上ない美人だったと伝わるばかり。この句は、「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」(『古今集』)と詠んだ小町が、年月を経て老いてゆく。痩せさらばえ骨と皮ばかりが目立ちながらも、それでも彼女は花の蔭にいるのがふさわしい。そういうことなのだろうか。

 この句が載っている句集『河』を発表した時、高屋窓秋は35歳。その彼が思った「老衰」は、あくまでも美しいものだった。

 

今日の一句 柔らかいとんかつではずむ会話

 今日の一句は自由律句集から

 柔らかいとんかつではずむ会話 本間とろ『純真』より

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 自由律俳句で思い出す俳人の一人に種田山頭火がいる。本間とろのこの句集名は、山頭火の「純真であることの外に私の生きる道はない」という言葉から選ばれた。確かに、この句集『純真』の句からは、本間が自分自身と真摯に向き合って句を詠んでいることがよく伝わってくる。

 さて、とんかつだ。隣りにキャベツが添えられていたかどうかはともかく、見るからに柔らかくておいしそうなとんかつを前に、二人の笑顔がまず思い浮かぶ。

 「おいしいね」「柔らかいよ」「こんなに厚い」「出来立てだね」

 次々に肉を口に運びながら、二人の会話も途絶えることがないのだろう。もし、この二人が久しぶりに会ったのならば、このとんかつは、間違いなく二人の距離を縮めてくれたことだろう。たとえ、初対面だとしても、二人の間の緊張を、あっという間にくずしてくれたにちがいない。

 「覚えている?」「ああ、あの時は笑っちゃったよね」

 次々に上る話題も、このとんかつが笑顔にしてしまう。

 全体に内省的な句が多い句集の中で、この句が放つ明るさは貴重だ。コロナ禍で友と一緒に食事する機会が減ってしまった現在、この句の描き出した風景は、とても懐かしく温かい。
 



 

 

今日の一句 炎天の岩にまたがり待ちに待つ

 今日はこの句。

 炎天の岩にまたがり待ちに待つ  西東三鬼 『変身』より

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 こちらの写真はドイツのライン川流域にあるローレライの岩。この岩には「岩山にたたずむ少女の美しさに、下を行く舟の船頭が魅了され、舟ごと川の渦に吞み込まれてしまう」という伝説がある。それほど、この岩のあたりは流れが急で、うまく航行できなかったらしい。

 三鬼のこの句は「岩にまたがり」とあるから、このローレライの岩ほど大きくない。両足でまたいで足先は地面につくと思えばいいだろう。そうして、炎天下、激しい日差しに、おそらくは汗まみれになりつつ、遠くの何かを待ち続けるのだ。

 いったい、何を待ち続けるというのだろう。人か、鳥か、あるいは雨や風のような天変地異か。「待ちに待つ」から受ける懇願には、必死さすら感じ取れる。さらに言えば、微かなあきらめのような思いも。

 我々が生きていく意味の一つに、待つことがあるのは紛れもない事実だ。父や母の帰りを待つ。食事の用意が整うのを待つ。テストの結果を待つ。入社の知らせを待つ。病院で診察の順番が来るのを待つ。駅で並んで電車が来るのを待つ。そういう「待つ」ことを繰り返しながら、私たちは我慢や辛抱なども学んできたのかもしれない。

 だが、こうした「待つ」は、ほとんどの場合、結果が予想でき、その通りに進んでいくことが多い。たとえ、食事が用意されなくても、がっかりはしても、それならばどうすればいいか、次を考えて実行し、最終的には叶えられるのがほとんどだ。

 ところが、この句の「岩」では、岩にまたがって待つことの目的も、結果も提示されていない。わからないのだ。もしかしたら、意味のない行為でしかないのかもしれない。それでも、我々はひたすら待つ。待っているのだ。

 

 

 

 

第2回星の俳句コンテスト開催決定

 一昨年、七夕文化を広げる一つの催しとして、大阪府交野市の星田妙見宮で開催された「第1回星の俳句コンテスト」が行われた。昨年は残念ながらコロナ禍もあり、見送られてしまったが、今年の七夕には、「第2回星の俳句コンテスト」を開催するという。

 こちらがその趣意書。

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 ・俳句の募集期間=2021年4月1日~5月31日

 ・募集部門=小学生(含幼児)の部、中高生の部、一般の部 の3部門

 ・審査員=夏石番矢

 ・俳題=「星」「星にまつわるもの」
 
 ・表彰式=2021年7月23日 オンラインによる

 主催は「天の川・交野ケ原日本遺産プロジェクト実行委員会」で、「世界俳句協会」と「吟遊社」も後援している。

 詳しい募集要項や応募用紙などはこれから。ホームページもできる。

 ぜひ、大勢の方の応募を期待している。