テーマ:短歌

今日の一句 手の腹はまだよく知らぬところかな

 遅まきながら2021年を迎え、ようやくこのブログに向かい合っている。昨年の12月に悩まされていた口角炎も、すっかり治り、またいつも通りにしゃべったり(とはいえマスク越しだ)できるようになった。今、思うと、あの時期は免疫力が落ちていた(医者にもそう言われた)ようで、口角炎になってしまった。自分でも気づかなかったが、身体の調子が悪いと思う…
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戸口迠(まで)づいと枯込(枯込み)野原哉(かな)

 今日は一茶の句。   戸口迠(まで)づいと枯込(かれこみ)野原哉  小林一茶『一茶俳句集』より    樹々がすっかり葉を落とし、草も薄茶色に枯れ果ててしまった野原。一茶は、そのさむざむとした野原を歩いてきたのだろうか。ここでの戸口は、一茶が目指していた家だったのか。しかも、枯れた野原はその戸口までせまっている。しかも…
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今日の一首 丁丁と樹を伐る昼にたかぶりて森にかへれる木霊のひとつ

 今日は短歌から。  丁丁と樹を伐る昼にたかぶりて森にかへれる木霊のひとつ  前 登志夫      森で樹を伐っている。カツーン、カツーン。斧を幹にぶつけるように、力いっぱい差し入れる。太い幹は一度や二度、斧を入れたくらいでは、びくともしない。  どのくらいの時間、伐っていただろう。手を止めると、斧を地に置く。…
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今日の一首 岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた

 今日は歌集から。     岡に来て両腕に白い帆を張れば風はさかんな海賊のうた  斎藤  史 『魚歌』より    岡に上って詠んだ歌だろう。または岡の上に立ったことをイメージして詠んだ歌かもしれない。吹く風の気持ちよさに思わず両手を広げた。着物だったか、ブラウスだったかわからないが、袖が風にはたはたとなびく。胸いっぱ…
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今日の一首 耳が鳴る髪が顎(あぎと)が肩が鳴る足摺の岬にわれ立ちにけり

今日は頂いた歌集から。  耳が鳴る髪が顎(あぎと)が肩が鳴る足摺の岬にわれ立ちにけり  飛髙 敬『石に咲く花』より      足摺岬は、高知県で生まれた私には、とても懐かしい地名だ。とはいえ、海に面して緩くカーブを描いた高知県の、足摺岬は海側で、私はずっと奥の山地の生まれだったから、足摺岬にはかなり長い間、あこがれめ…
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今日の一首  なにゆゑに室(へや)は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす

 今日は歌集から。  なにゆゑに室(へや)は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす 前川佐美雄『植物祭』      前川佐美雄が25~26歳ころの作品。自我との葛藤、煩悶、諦観、驕りといった何とも表しようのない感情、感覚が短歌形式の中に見事に表された一首だ。  自分は何者なのか。果たして何かできるのか。一…
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今日の一首 沖ななも『全円の歌人 大西民子論』より

 私と一緒に、朝日新聞埼玉版や埼玉新聞で短歌の選者にあたっている沖ななもさんから、夏石番矢さんと連名で最新の著書『全円の歌人大西民子論』が届いた。    大西民子の短歌のうち、昔から私が好きだったのは次の歌。   てのひらをくぼめて待てば青空の見えぬ傷より花こぼれ来る 『無数の耳』    この本でも沖さんが「第…
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沖縄詩歌集~琉球・奄美の風

 今度、コールサック社から出版された『沖縄詩歌集~琉球・奄美の風』(鈴木比佐雄、佐相憲一、座馬寛彦、鈴木光影 編)がいい。     何がよいかというと、まず、ジャンルの豊かさがある。詩、短歌、琉歌、俳句がきっちり網羅されていること。    次に沖縄の歴史、地理、風習、戦争、政治、文化など、204名の参加者つまり書く側の心…
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ようやく30句

 ようやく30句そろった。  今回、作った30句のうち15句はいつもの「吟遊」第74号に掲載。もう15句は短歌雑誌「井泉」(せいせん)75号(隔月刊、5月)に掲載の予定。    私は不勉強で、最初この雑誌の名前がわからなかった。そこで、掲載をOKする前に少し調べさせてもらった。  「井泉」は、歌人、春日井建亡き後…
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式子内親王

 私が高校2年のとき、姉が短歌を作り始めたことは少し前に書いた。その頃、姉の短歌を読むだけでなく、少しずつではあったが、平安時代の和歌も読むようになっていった。  とりわけ私が好きだったのは『新古今和歌集』の式子内親王の和歌だった。   夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山にひぐらしの声   はかなくて過ぎにし方をかぞ…
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姉と短歌と私

 1971年、私が高校2年だったとき、姉が大学に入学した。と同時に、姉が入部したのが「国学院短歌」だった。   舗装路のわきに一もと咲くすみれ折りて真青な天に植えたし     鎌倉千和   菜の花も散りぬと聞くに首ながきむすめのあゆむ街は明るし      鎌倉千和  その頃の姉が詠んだ歌で、私が好きで今もよく覚えているもの…
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ゆふぐれの背にまたがりて

 『ゆふぐれの背にまたがりて』(1977年)は、私の姉、鎌倉千和(ちわ)の第一歌集名である。たしか姉が28歳の時に出版された。私はこの歌集の出版が嬉しくて、仕事の帰りにケーキ(「出版おめでとう」と入れてもらった)を買ったことを覚えている。  姉と私との関わりは長い。幼少時代から少女時代にかけて、私はもっぱら姉を手本に成長した。姉は…
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山崎方代の短歌

 やまざきほうだい という印象的な名前の歌人を知っているだろうか。私が彼の短歌に初めてお目にかかったのは、高校の時だった。姉の影響である。   わからなくなれば夜霧に垂れさがる黒き暖簾を分けて出でゆく   山崎方代  この歌のどこが良かったのか。何に心を動かされたのか。説明するのはちょっと難しい。それこそわからないけれど…
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私の中の俳句 12

 今日は春本番とでもいいたいくらい暖かい。そこで郵便局に行くのに、少し遠回りしてみた。全部で2時間も歩いたろうか。ちょっと足が痛くなったが(これくらいで痛くなる?しょうがないねえ)とにかく気持ちがよかった。帰ってから、書いている。さて今回は寺山修司の句。   目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹      寺山修司 …
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架橋

 浜田 到(はまだいたる)という歌人がいる。いや、正確には、いた。彼の詠んだ短歌で、忘れられない歌がある。それはこういうものだ。   ふとわれの掌さへとり落す如き夕刻に高き架橋をわたりはじめぬ  書いていて、やはりいいなと思ってしまった。黄昏に染まる架橋という人工的な街にかけられた鋼鉄(たぶん)の橋。そこを少し風に吹かれなが…
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