今日の一句 外套やこころの鳥は撃たれしまま

今日はこちらの句

 外套やこころの鳥は撃たれしまま 河原枇杷男 『烏宙論』より

 外套.jpg

 「こころの鳥」って何だろう。心に大事にしまっておいた物や人、たとえば昔、片思いのままに声も掛けられなかった人との思い出だろうか。あいさつくらいはできても、自分の気持ちを打ち明けることなどできなかった人がいたのだろうか。「こころの鳥」は、もちろん作者にしかわからないものだが、その甘酸っぱいような思いは何となく伝わってくる。

 だが、その鳥は撃たれてしまったのだ。流れ弾か、あるいは狙い定められた猟銃で。この場合、誰が撃ったかなどは問題ではない。自分の心に喪失感ができたことが重要なのだ。過ぎてしまった時間を取り戻せないように、「こころの鳥」も決して生き返ることはない。鳥を永遠に失ってしまったという事実を抱えて生きていくほかない。

 そして、現実の自分は今日も外套に身を包んで外出する。暮らしを支えるために、お金を稼ぐために、出かけなければならない。ややくたびれ、古くなった外套だが、まだ十分に冷たい風から身体も、こころの奥の撃たれてしまった鳥も、守ってくれることだろう。
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

この記事へのコメント

大矢 昇治
2020年10月17日 14:05
外套は、寒さ(マイナス)と防寒(プラス)の両方のイメージがありますが、『撃たれしまま』の言葉でマイナスの気持ちに覆われてしまいます。弾が貫通したままで修繕されてないであろう古びた外套でも、外出時にはこれを着るしかない。これを着てさぁ寒さに立ち向かうぞ、というプラスの気持ちにはなかなかほど遠い•••ちょっと凹んでしまう句ですが。