今日の一句 からからと骨鳴り花の蔭に生く

 今日は「吟遊」第90号の原稿の締め切り日。原稿は、だいぶ揃ってきているが、まだ数名が未着。そんなこんなで待ちながら、「今日の一句」を書き進めたい。この「今日の一句」も私にとってはいつか「吟遊」に掲載したい原稿の一つだから。もちろん掲載するときは書き直し、というか付けたししたりするけれどね。

 そこで今日の一句。

 からからと骨鳴り花の蔭に生く 高屋窓秋 句集『河』より

 骨カラカラ.jpg

 この句に、まず私が思ったのは、昔、中学校だったか、高校だったかの理科室に飾ってあった「人体骨格模型」だ。黒っぽい箱に直立の状態でしまわれていたので、見る機会は少なかったが、初めて見たときは驚てしまった。その全身もさることながら、少し触れただけで、腕の骨がぶらり動いてカチャカチャ鳴った、その音に背筋がギクッと、いやゾワッとしたのを思い出す。あの頃は、若かったせいもあるが、この骨格模型が自分にも通じるなんて、ぴんときていなかったが。この句の「からから」という擬音語に、あの理科室の骨格標本を思えばいいだろうか。

 あるいは、この「からから」は、何かの入れ物(たとえば骨壺のような)に入っている骨の音だろうか。その入れ物が置かれたのが花の蔭だった。いや、それでは句の最後、「生く」と異なってしまう。この骨は死者のそれではなく、生きているものの骨のはずだ。

 そこで句集に戻ると、この句の副題に「老衰」とあるのに気がつく。この句は、年老いた状態を詠んだものだった。そう思って句を読むと、浮かんだのは平安時代の歌人として名高い小野小町だった。名高い割には生没年不詳で、生誕地もその晩年もほぼ伝わっていない。この上ない美人だったと伝わるばかり。この句は、「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」(『古今集』)と詠んだ小町が、年月を経て老いてゆく。痩せさらばえ骨と皮ばかりが目立ちながらも、それでも彼女は花の蔭にいるのがふさわしい。そういうことなのだろうか。

 この句が載っている句集『河』を発表した時、高屋窓秋は35歳。その彼が思った「老衰」は、あくまでも美しいものだった。

 

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